しっかり足腰を鍛えて身体能力を高め、演武に胆力、気迫が生まれる 基本が大切
コロナ禍で少し足腰が弱体化して来ているように思う
少林寺拳法 大阪神宮寺道院 八尾市 柏原市スポーツ少年団 健康プログラム
「今日の開祖語録」第18回
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(今日の開祖語録)
「少林寺拳法では、握ってもらい、握ってあげて、ひっくり返し合いをしながら、私も上手になりたいが、あなたも上手になりましょうと、互いの向上を積み重ねていく。また、こうした練習形態を通して、我も存在するが我以外の、自分とはさまざまに違った他も存在するという、このわかりきったようですぐ忘れてしまう人間社会の事実を認識していく。しかも自他の存在、関係を認識する中で、自分のことだけでなく、せめて半分は他人の気持ちやら幸せを考えられる人間に自らを変えていく。これが私たちのあり方だし、少林寺拳法との出会いが、そうした自己変革への一つの契機になってくれればいいということです。」
(1973年、指導者講習会)
【解説】
法形修練のその仕組み自体に教育性があるのだと開祖は言っておられます。もちろん開祖がそのように作られ、そのように意義づけをし、うまく活用しなさいと遺していかれた仕組みです。
この仕組みをうまく使えば、技が上手になればなるほど「他人のことも考えられる」人になっていくという修練です。もし、上手になればなるほど「自分さえよければ」という人になっているとしたら、開祖は「一体何をやっているのだ」とガッカリされることでしょう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(今日の開祖語録)
少林寺拳法を易筋行といっておる。易という字は変化をするという意味だぞ。きのうの自分とあしたの自分は違わなければいけない。肉体の細胞が時々刻々に生まれ変わり、再現されつつあるのと同じようにだ。人間は死ぬまで変化を続けるべき存在でなければならんと思う。でないと、いつまでも今の君たちから出られないぞ。きょうから新しい人生を発見しろ。そうして、自分の人生を自分でつくれ。変えられる、必ず。
(1975年7月 大学少林寺拳法部合宿)
【解説】
大学生拳士たちに、自分を変えていこうと語りかけながら、いのちや人生の尊さを説いておられます。ただ変わるだけならどの動物も変わっていくけれど、今よりよくなろうと思い、そう変わろうと努力してこそ人間なのだと。
時代や社会の波にもまれながらも、自力でたくましく生きてこられた開祖です。まわりに流されて生きるような人生は違うぞと、心からわからせたかったのでしょう。どう生きるべきかをいつも問いかけ、「自分は変えられるのだ」と力強く若者たちを励ましておられました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次回の配信予定 3月12日(金)