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少林寺拳法 法善寺健康クラブと大阪神宮寺道院のブログ

八尾柏原~少林寺拳法 柏原法善寺健康クラブのブログです。八尾・志紀・柏原・法善寺町にて活動しています。練習生募集中です。 現在は男女6歳から65歳を超える方まで、幅広い年代で募集練習しています。 武道、護身術に興味がある、特に運動不足解消、礼儀作法を身につけたい、心身を鍛えたい等、目的は様々と思います。 是非一度道場までお越しください。連絡先TEL: 090-8939-8160(下川)

1985年より大阪府八尾市、柏原市にて永年定着させて頂き誠に感謝申し上げます。地域に登録者800名を超えるOBになりました。関係者各位に日々の道院長ブログ、写真で行事の様子や活動報告をさせて貰っております。合掌

■開祖語録集

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(今日集開祖語録)
「殴り合いをしろと言うんじゃないけれど、ケンカをするぐらいの勇気がなければいかんし、行動力がなければいけない。ましてだ、他人の難儀を見過ごすようなことでは困るね。人間関係の中で一番大切なのはね、何かあった時にしてくれる。してもらえる。あるいはしてやりたい、こういうことじゃないのか。俺が困っている時は助けてくれ、お前が困っている時は知らん顔、それじゃ友だち一人だってできやしないぞ。」
(1969年10月 指導者講習会)

【解説】
「誰かが何とかするだろう」と傍観者になることを開祖は嫌われました。それが意気地のなさや自分さえよければいいという考えからであれば、なおさらのことでした。「そんな人間ばかりだと、社会は決して良くならない」「判断し、行動できる人間になりなさい」が開祖の人づくりの基本であり、そのための自信、勇気、慈悲心や行動力を得させるための手段が少林寺拳法でした。
敗戦からまだ間もない時代、生き方を模索する多くの若者たちが、そんな開祖の力強いことばに、技に、行動に魅了され、胸を張ってあとに続いたのでした。

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(今日の開祖語録)
「何かあったら、地域ぐるみ、組織ぐるみでやれるようになろうではないか。自分だけが強くてもだめなのだ。少なくとも自分の周辺に動員かけ合える連中をつくれ。脅されて、引っ込んだりするなよ。だから横のつながりをもっと持てと言うのだ。損得ではないぞ。少なくとも自分たちの組織防衛、同志の助け合いをやろうじゃないか。そういうことがなかったら、拳法なんかやめとけ。無意味だ。」
(1969年10月 指導者講習会)

【解説】
横のつながりや協力し合うことの大切さを、開祖は、弱い羊の群れでなく、集団で狩りもできる強い狼の群れに例えて語られました。中国在住のころ、そんな狼の生態を研究されたこともあったそうです。中国から引き揚げて来るときも、帰国してからも、開祖はいつも人を引き連れて行動され、その先頭にあって集団の要でした。
立ち向かう相手や状況はいろいろあれど、損得でなく力を出し合えて、しかもまとまれる。そんな心や行動力やつながりを身につけた人々の集団、そして、そんな集団をつくり、率いることのできるリーダーの存在。それが必要であることを開祖は体験から身に染みてわかっておられました。

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(今日の開祖語録)
「人類の幸せにつながる道というものは、他を一方的に否定する道ではありえない、調和の道であるという、ここを間違えるなと言いたい。調和とは、単なる同調や妥協ではないんだぞ。反対するものが存在する、まずこの認識が必要。そしてその上で相互のよさを見出し、持ち寄ってよりよいものに育てる行き方、これが調和です。」

【解説】
考えも好みも異なるもの同士が、対立をこじらせて衝突につき進むのではなく、双方が知性をもって歩み寄り、納得できる結論をつくり出す、それでこそ人は“霊止(ひと)”なのだと開祖は言われます。
かつて中国在住のころ、国や民族の違いで人を上や下に見るのでなく、また意見が気にくわないからと排除するのでもなく、共に幸せになろうとする生き方をしてきたという開祖。その行動をこうふり返っておられます。「日本の幸せも考えるが、中国人の幸せにも通じるようなことをやろうとした。私の10と君の10を、どこかでうまく支え合って20にしようじゃないかと。」

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(今日の開祖語録)
「人間としての心や良心に芽生える思いに国境などなく、俺にとって悲しいことは、あの人たちにとっても悲しいことだという、この単純な道理、わかろうとしてみろよ。人としての喜びや、痛みや怒り、また親子の情や恋人、友だちを愛しむ気持ち、そこには国の別、人種の違いは基本的にないはずだ。」

【解説】
開祖はとても感性の豊かな人でした。喜怒哀楽の感情表現もストレートで、弟子たちに対しても、嬉しいときは一緒に喜び、楽しいときは声を上げて笑い、親の訃報に接して悲しむ者とは周囲を気にせず一緒になって泣かれたそうです。
早くに父を亡くし、母と幼い妹二人と苦労した少年時代。開祖は「自分は食べなくても妹や母親には食べさせてやりたい、そういう与えたい愛とでもいう気持ちをいつも切実に感じて育った」と回想されています。自分のことのように他者を思う――開祖の思いやりは、親が子を、子が親を愛するような無私の愛、慈悲の心の現れでもありました。

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(今日の開祖語録)
「とにかく、ひどい世の中が私たちの目の前にある。どうにもならない状況です。これを変えられるのは、そういう紐も色もついていない若い人たちです。これから君たちが選挙権を本当に生かしてくれて、日本の方向を変えていく、それ以外に道はないんだよ。若い、しかも正義感に溢れた人が、真剣に政治や経済の将来を考えて、団結して、日本の方向を変えるよりしようがない。」
(1977年8月 全国指導者講習会)

【解説】
この法話で開祖は、日本の食料政策や農林族といわれる代議士たちと票との関係を
取り上げながら、「紐や色」のついた政治や社会の将来を憂いておられます。一方で、外交や貿易など、世界での日本の立場や政策の難しさにも言及し、「そういうジレンマの中で我々が生きているのも事実」とも語られています。それでも開祖は、考え続けること、政治や社会に関心を持ち続けることが大事であると我々を諭されました。
ことあるごとに、「選挙権の行使、投票こそが政治に声を反映させる基本だぞ」と説いておられた開祖。国政選挙に限らず、投票率が決して高くない今の日本を見たならば、憂いを一層深くされたことでしょう。

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(今日の開祖語録)
「いつも言うことだが、いつ死ぬかわからんから言いたいことは言い、したいことをする。しかも何でも一所懸命。要するに死ぬことを恐れなくなったら、これは強い。死ぬ気でやればと教えてくれたのは中国の先生だったけど、本気でその肝が据わったらね、今日はダメでも明日があるのだから人生に行き詰まりはありません。」
(1976年10月 武専講義)

【解説】
若い頃、余命を宣告されて自暴自棄になった開祖は、中国で危険な任務を買って出ては荒れた日々を送ることがあったそうです。そんな時、いのちを粗末にしているのを見かねた中国人の師匠からきつく一喝されたのが契機となり、目から鱗が落ちるように「死という恐怖からスルッと抜け出た」とも生前に語っておられます。
そうした諸々の体験から、開祖は、生きている(生かされている)ことの意義や人生への信念を確立していかれたのでしょう。「生きている間は大丈夫。いのちさえあれば、どんなことがあったっていつかは立ち直れるのだ。」とも言っておられます。
そんな開祖は、五十歳代の半ばから始まった心臓発作に苦しめられながらも、そのいのちが尽きるまで、創始者として拳士や指導者の先頭に立ち、道を示し続けられたのでした。

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